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青い日々

 高校時代に同じクラスで席が近くなったのをきっかけに仲良くなった男友達が二人いる。二人は元々同じ中学出身の親友同士だとかで、息の合った名コンビだった。背が高くて落ち着いていて勤勉な方がアオイ君で、それとは見事に対称的に明るいムードメーカーで勉強はあまり得意ではなく、男子にしては可愛らしい顔立ちをしているのがリツ君だった。二人は見た目も中身も正反対だけれど、ちょうど鍵穴と鍵のようにピッタリと上手い具合に合わさるようで、いつも一緒にいた。リツ君はよくテストで赤点をとっていて、私も数学で初めて赤点をとって頭を抱えていたときに一緒にアオイ君を拝み倒して補習対策をしてもらったことがある。アオイ君は地頭からたぶん私たちとは違うんだろうなという感じで賢さが会話の中にも滲み出ていたけれど、本人はそのことを全然鼻にかけたりはせず、そういうところが私やリツ君も好きなのだった。リツ君は勉強が不得意な代わりに運動は良くできたから、運動絡みではよく表彰されていて、実はそういう方面に才能があるんじゃないか、と私やアオイ君はよく羨ましがっていた。こんな風に光るものがある二人に対して、私には何もない。そう言ってアオイ君の前で思わずため息を漏らしたところ、アオイ君は私の目を真っ直ぐ見て、お前のことも凄いと思っているんだが、と言ってきたから驚いたことがある。アオイ君曰く、私は副教科で光っているらしい。この前暇つぶしにアオイ君のノートにゆるキャラを落書きしたのだけれど、アオイ君はそれをいたく気に入って、ノートを捨てずにずっととってあるんだと言った。恥ずかしいからやめてよ、と笑うと、アオイ君は普段のあまり笑わない口角を少しだけ緩めてから、お前は将来大物になるに違いないから、今のうちにたくさんサインしておいてくれ、と言ってノートを取り出して私にまた落書きするように促した。それからしばらく二人で変な落書きをしまくって、アオイ君の知的な整ったノートからは想像もつかないくらいにしっちゃかめっちゃかなページができあがった。私たちは目を合わせて笑い合った。この頃からだろうか。私は密かにアオイ君に対して想いを募らせ始めていた。  あるときまたテストで赤点をとったリツ君が元気良く私のところにやってきて、作戦会議しよ、と言ってきたので放課後に適当な空き教室に教科書類を持って集合した。いつもアオイ君に頼ってばかりじゃダメだというのは私たち二人ともの共通認識なので、たまにこうやって教科書類を持ち寄って特訓するのだ。ノートを広げて、さあ問題集を解こうかと意気込んだ私をリツ君が制止した。 「えっ、どしたの」 「ごめん、先に謝っとく。実は今回ギリ赤点回避したんだよね。だから補習がいるっていうのは嘘」  じゃあ一体この時間は何のために?と目をぱちくりさせる私に、リツ君は周囲に誰もいないことを確認してから、急に声を顰めて言った。 「前から気になってたんだけどさ。アオイのこと、好きでしょ?」  晴天の霹靂。あまりにも唐突にしかも図星をつかれたものだから、私は教室の窓ガラスが割れるんじゃないかと思うくらいに力一杯の大声でえっ、と言って目を丸くした。わざわざこうして嘘をついて呼び出してまで確認したかったことがそれか、と私は混乱した。固まって何も言えない私にリツ君は慌てて「別に俺が嫉妬してるとかそんなんじゃないから!」と謎のフォローを入れてきた。 「で、どうなの?好きなの?違うの?」  リツ君は目を輝かせている。リツ君は恋愛ドラマとかをよく見る方だと言っていたから、浮いた話が好きなのだろう。もちろん私の気持ちを馬鹿にしたりとか周りに言いふらそうとかそんな邪な気持ちではない、というのはリツ君の様子を見ていれば分かる。私は観念して打ち明けることにした。 「なんで?そんなに分かりやすい?」  リツ君は満面の笑みを私に向けて言った。 「やっぱりね。勘だよ勘!けどまあ、仲良いなーとは思うよ。最近なんて俺を差し置いてよく二人の世界に入っちゃってるし」 「えっと、それはごめん……?」 「いやいや、あやまんなくていいって。むしろ微笑ましいっていうか。てかさ、たぶんあいつもお前のこと好きだと思うし。付き合っちゃいなよ!」  サラッと爆弾発言をするリツ君に私はズッコケそうになった。そんな勝手に迫って良いものではないし、何よりアオイ君がどう思っているか私は知らない。変に気持ちを伝えてこの関係が壊れてしまうくらいなら、想いはひっそりと心に秘めたままで構わないのだ。それをリツ君に伝えると、リツ君は眉間に皺を寄せて深いため息をついた。 「俺は他人の色恋事情に深入りはしない派なの。だからこれ以上なんも言わないけど、でもなあ……一つだけ。二人とも、似たもの同士だ」 「なに、何か知ってるの?」 「秘密だってば。気になるなら本人に聞いてみな」  リツ君はニヤリと笑った。いろいろ聞きたいことはあったけど、ここでリツ君に何かを聞けば聞くほど白黒はっきりしてしまうような気がして、私は口を噤んだ。代わりに、リツ君にちょっとした仕返しをしてみる。 「そういうリツ君はいないの?好きな人とか……」  私がそう言うや否や突然リツ君はばっと机に手をついて立ち上がって、そしてハッとした顔でへなへなと椅子に座り直した。あまりにも分かりやすすぎる。顔が真っ赤だ。今度は私がニヤリと笑う番だった。 「どんな子?どんな子?」 「ちょっ、まっ、まだ何も言ってないじゃん!」 「だって顔に描いてあるよ。散々私のこと煽ったんだから、リツ君のことも教えてくれなきゃフェアじゃないよね?」  リツ君は顔を真っ赤にしたまま、ぐっ、と言葉を詰まらせた。そしてまた周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、リツ君はヒソヒソ声で教えてくれた。 「……アオイの妹。すっげーかわいいんだよ。まじ天使。分かってると思うけど、これ絶対アオイには言うなよ」 「もちろん。私たちだけの秘密だね」  アオイ君に妹がいることは知っていたけれど、見たことはない。アオイ君の妹は何かの病気で長い間入院しているらしく、そのことをアオイ君はとても心配している、というのをこの前アオイ君本人から聞いたばかりだった。アオイ君曰く、妹のことを話したのはリツ君と私くらいらしい。下手に周囲に喋るとつまらない同情を買ったり変に噂されたりするかもしれないから、それが嫌で黙っているのだとか。アオイ君が勤勉なのも実はこの妹のために医者になりたいからであって、それを聞いたとき、私はますますアオイ君のことを尊敬したのだった。そしてそんなアオイ君の妹のことを、リツ君は知っていてしかも恋心を抱いているという。リツ君なら安心だと、勝手に会ったこともないアオイ君の妹の父親面を私はするのだった。  次の日アオイ君はなぜかいつもよりそっけないように感じた。昨日出た課題の話とか、今日私が登校中に見かけた野良猫の話とか、いつもなら興味を示してくる話題を振ってみても、思うように会話が弾まない。ぼんやりしているというか、上の空というか。そんな感じだった。 「今日のアオイ君、なんだか元気ないね。もしかして体調悪いの?」 「ああ、いや……そんなことはない。そんな風に見えたか?」 「うん、少し。私が何か変なことでも言っちゃったかと思ったよ。元気なら良かった」  しばらくの沈黙の後、アオイ君が意を決したように口を開いた。 「昨日の放課後、リツと一緒にいたのを見かけた。ずいぶん盛り上がってるなとは思ったが、何を話してたんだ?」  アオイ君は気まずそうな顔をしていて、目を合わせてくれない。この人はどうしてそんな顔をしているんだろうと、淡い期待を胸に秘めつつ、昨日の会話の中身を知られるわけにはいかないので私は口篭った。リツ君の赤点のせいにしようかとも考えたけれど、今回は赤点ギリギリセーフだなんて、リツ君が喜んでアオイ君に自慢した可能性もあるから、嘘をついてもたぶんすぐにバレる。 「えっと、ちょっとした相談事というかなんというか。そんな大した話じゃないよ」 「相談事?」  アオイ君の眉根がピクリと動いた。しまった、墓穴を掘ったかもしれない。なんて言い訳しようかと慌てふためいていると、アオイ君はぽつりと呟いた。 「悩みがあるなら、俺も力になるのに」 「悩みってわけでもないんだけど……あの、ほんとになんでもないの。でも嬉しい、ありがとう」 「……そうか。あまり詮索するのはよそう」  アオイ君は何か言いたげだったけれど、私の歯切れが悪いのを感じ取ってかそれ以上聞くのを諦めたらしい。それでいいといえばそうなんだけれど、アオイ君がふいっと横を向いた表情がなんだか寂しそうに見えて、私は少しの罪悪感に見舞われた。 「もしかしてヤキモチ?大丈夫、リツ君のこと独り占めしたりなんかしないよ」 「なぜそうなる。お前は本当に面白い奴だな」  ふっ、とアオイ君は小さく目を細めて笑った。こんな柔らかい表情するんだ、と私は思った。 「ヤキモチじゃなかったらなに?」 「さあ。なんだろうな」  アオイ君は席を立つと、そのままお手洗いに行ってしまった。アオイ君の真意は分からないまま、けれど向けられた視線が忘れられなくて、私の感じたことが気のせいじゃなかったら良いな、と私は甘ったるい感傷にしばらく浸っていたのだった。