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5.運命の始まり

 国に楯突いたのだから、敗北は死を意味する。案の定、連れていかれた先は処刑場だった。堅牢な黒い石の壁が聳え立ち、手を伸ばしても到底届きそうもない上方に空いた小さな穴からはスポットライトのように陽の光が注がれている。  リュカは後ろ手に縛られて身動きが取れぬまま、場の中央に座らされた。それはちょうど光があたる位置で、暗がりからこちらを見ている野次馬の存在も相まって、舞台役者にでもなった気分だった。不思議と恐怖はない。元々戦場で散っていたはずの命が少々生きながらえただけだと思えば、これ以上無駄な足掻きをする気にもなれなかった。 (許せ、アイネ……)  心の中で、妹の名を呟いた。  目隠しをされ、背後に処刑人が立つのが気配で分かった。ゆっくりと引き抜かれる剣の音。いよいよ終わりだと全てを覚悟したまさにその瞬間、突然場外にどよめきが走り、振り下ろされたはずの剣がリュカの身を切り裂く寸前でピタリと止まった。 「待ってください。その人を殺さないで!」  少女の声だった。おそらく、リュカが捕らえて人質にしていたあの少女の。 (何が起こっている?)  そう思ったのはリュカだけではないらしく、一気に周囲は喧騒に包まれた。しばらくして困惑するリュカの前に二人分の足音が近付いてくると、そのうちの一人にやや乱雑に目隠しを剥ぎ取られた。 「立て。処刑に代わり、貴様に新たな道を授けることになった」 「お前は、あのときの」  砦で剣を交えたあの男だった。男はふん、と嫌そうに鼻を鳴らすと、リュカを縛っていた縄を剣で裂いた。 「私の意向ではない。この心優しき少女が、貴様の身元を引き受けると申し出たのだ。ここで死刑にするくらいなら護衛として雇いたいと」 「は……?なんだそれは。どういう風の吹き回しなんだ」 「知らん。私が聞きたいくらいだ。しかし我が国王は人道を何よりも重視するお方だからな、元人質の少女が貴様に善性を見出すのなら、とお許しになったに違いない。とにかく貴様に拒否権はないものと思え。少女を連れて、早急にここから立ち去るが良い」  図ったように男の背後から少女が顔を覗かせると、リュカの後方、出口の方を指差してゆるやかに微笑んだ。 「こう騒がしいとお話もできませんから、ひとまずここを出ましょう。説明はそのときに」 「……分かった」  まだ事態の呑み込めていないリュカは、怪訝に眉を顰めながら、言われた通り少女と共に処刑場をあとにした。  少し歩いたところで、少女が口を開いた。 「私が軍の方にお願いしたのです。護衛をつけるならあなたが良いと」  いまいち合点がいかなかった。一体どんな魂胆があるのかと、警戒心を顕にしたまま冷ややかに耳を傾けるリュカに、少女は困り顔で笑った。 「賊に盗まれた物を取り返したかったのですが、残念なことに既に売り払われてしまったそうで、回収できなかったのです。幸いなことに売却先の目星はついています。だからまた追いかけるだけなのですが、ご存知の通り私は戦いには向きません。旅に危険はつきものですから、護衛を頼める方を探していたのです」 「それで、俺を?しかし理解に苦しむ。それこそあの軍の誰かに頼めば良かっただろう」 「いいえ。あの方々は一個人のためにそう長く自国を離れられない立場ですし、かといって他に伝手があるわけでもなく……」 「なるほどな。俺は特定の地域や国に縛られない傭兵だから、どこへでも好きに行けるのは確かだ」 「はい。ですがそれだけではありません。捕虜として捕まったからには酷い目に遭うことも覚悟していたのですが、あなたは私を人間扱いしてくれた。信頼に値する人だと思ったのです」 「……信頼……」  言いたいことは山ほどあった。初対面のときも思ったが、この少女は人を疑うことを知らなさすぎる。 「本当に良いのか?俺はお前を騙し牢獄に閉じ込めた張本人だ。考え直すなら今のうちだぞ」 「やっぱりあなたを選んで良かった。悪い人なら『考え直せ』だなんて言わないもの。そうでしょう?」 「……」  リュカは言葉に詰まった。確かにリュカは根っからの悪人ではないし、仕事以外の場面で進んで他人を害することはどちらかというと嫌いだった。なので少女の言うことは一理あるのだが、それはリュカ目線での話だから、少女がなぜこんなにも信頼を向けてくるのかは釈然としないものがあった。一言で言えば、危なっかしい。人の悪意を知らず、真っ白な善意の中で生きている。それは妹にも重なって見えて、自分が守らねば誰が守る、という気持ちがリュカの中にふつふつと芽生えてきた。  どの道拒否権はないのだ。二度も命を救われたのだから恩返しもしたい。少女の言う『信頼』に応えてやるのが筋ではなかろうか、と決意を固めた。  リュカは細く息を吐くと、少女に真っ直ぐ視線を合わせた。 「分かった。俺はここで死んだも同然の身。生まれ変わった気持ちで、どこへなりとも共に行こう」 「はい……!」  花のように綻ぶ少女を前に、リュカの心は少しずつ氷解していくようだった。 「リュカだ。よろしく頼む」 「ルナです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」  そう言うと少女――ルナは、友好の証にと手を差し出してきた。リュカはその手をそっと握り返すと、柔らかく目を細めて小さく笑った。

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