第一章 転校生
1.わたしの日常
小学五年生のわたしは新学期から二ヶ月経った今でもクラスに馴染めないでいた。他のみんなはもう自分の立ち位置や居場所を見つけているらしかったけど、わたしは違った。別にいじめられているとかそんなんではない。機会があれば女子たちと普通に世間話だってするし、そのときはそれなりに楽しいけど、なんというか、そういうときは決まって微妙にお客様扱いされているのが分かってしまう。四年生までは仲の良い子が同じクラスに何人もいたのに、今年は自分だけ別のクラスだったから、単に運が悪かっただけだ。先生も優しいし、クラスの雰囲気は嫌いじゃないから、これ以上何かを求めるのは我儘な気がして、いつも休憩時間になると机に向かって一人で本を読んでいた。読書がそんなに好きなわけではないけれど、何もしないよりはマシだった。クラスメイトたちはチャイムと同時にボールを持って校庭に駆け出していく。きゃあきゃあと戯れ合いながら楽しそうなクラスメイトたちの声がだんだん遠くなっていくと、わたしのいる教室の静けさがより一層際立った。
悲しくも辛くもないけど、何の楽しみもない日々。それがわたしの日常になっていくんだろうな、なんてことを心のどこかで受け入れ始めていた頃、唐突に、わたしの世界がひっくり返る出来事があった。
その日の朝は先生がなかなか来なくて、男子たちが「先生のクセに遅刻かよ!」とかなんとか言って騒ぎ始めていた。どうしたんだろ、と思っていたら、遅れて教室に入って来た先生は知らない男子を連れていた。彼は東京からやって来た転校生なのだという。転校生、しかもこんな中途半端な時期にだなんて珍しいものだから、当然みんな彼に興味津々で、彼がこれから喋るであろう言葉を一言も聞き漏らすまいと、それぞれが最大限彼に注目しているのがよく分かった。こんなにいくつもの好奇の視線に晒されているのに、彼は身動ぎ一つしない。堂々としている、というよりかは、あんまり気にしていない、と言った方が近いかもしれない。今まで出会ったことないタイプの子だな、と直感的に思った。サラサラの髪は男子にしては少し長めで、頑張ったら後ろで結べそうなくらいだ。服の半袖から伸びている腕は、そういうのに気を遣っていそうな女子と同じくらいに白くて、東京という場所に行ったことのないわたしは、灰色の空の下、太陽の光も届かない冷たいコンクリートのビルの中で過ごす彼の姿を勝手に想像してしまうのだった。想像だから、たぶん間違っている。けれども彼の為人について、わたしの興味を掻き立てるには十分だった。
先生に促されてようやく彼は口を開いたけれど、飛び出してきたのは衝撃的な一言だった。
「誰とも仲良くするつもりはないんで、おれに話しかけないでください。以上」
たったそれだけ。わたしも耳を疑ったけど、本当にそう言ったのだ。
耳を疑ったのはわたしだけじゃなかったみたいで、一瞬、教室内の時が止まった。今まで明るい期待に満ちていたのが嘘のように、まるで異物を見るような冷たい視線が彼に降り注ぐ。それからすぐに教室はざわつき始めた。ヒソヒソ耳打ちをする女子たちや、あからさまに嫌そうな顔で彼を凝視する男子たち。嫌な感じだ。呆気にとられて固まっていた先生も我に返って、もう少し他に言うことがあるだろう、と彼に諭すも、彼はまるっきり無視してスタスタと一番後ろの空席に歩いていくと、最初からそこが彼の席だったみたいなそぶりで着席して、ランドセルから筆箱やらノートやらを出し始めた。彼は少し、いや、ずいぶん変わり者のように思えた。今までの転校生といえば、自分を受け入れてもらおうと、緊張しつつも友好的な態度を示す子たちばかりだったからだ。彼のこの発言は本当に心から発せられたものだったのか、気になって仕方がなかったわたしは、彼の座る席の向こうの窓の外が気になったフリをして、できるだけ自然な所作を意識しながら彼の顔を一瞬見やった。視界の端に捉えたのは、非の打ち所がないほど見事なすまし顔だった。
初めの頃こそ興味本位で転校生に話しかけようとする勇者もいたけれど、宣言通り転校生はあまり良い顔はしなかったようで、二週間もすればちょっかいを出そうとする人はいなくなっていった。彼は別に性格が悪いというわけではないらしく、授業は真面目に受けているし、あえて誰かに意地悪をするようなこともない。ただ何を考えているのか分からないというだけで、少なくともクラスにとっての脅威ではないと見做された彼は、敵意を向けられることはなくなった代わりに、彼の望み通り、積極的に話しかけられることもなくなっていった。別にいじめているわけではない。みんな用があれば最低限の話はするし、彼もさすがにそこまで拒んではいないようだった。わたしと同じで、『そういう形』に落ち着いたのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、わたしの彼への興味も次第に薄れていった。
