3.冷たい牢獄
敵軍の大将一人でこの砦へ来ること、これが人質解放の条件だった。寄せ集めの傭兵隊でも複数集まれば一人相手にするのは簡単な話だと、勝利を確信した賊たちは、そのときを待つためにそれぞれの持ち場へと散って行った。
リュカは牢獄へと向かっていた。人質としての役目は果たしてもらわねばならないので、あの少女に死なれては困る。だから様子を見に行く必要があった。
「女だぜ女ぁ!しかも上玉ときた!」
「どうせ暇なんだろ?楽しませてもらおうじゃねえか……へへへ」
「や、やめてください!」
牢獄に辿り着くと、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた男たちが、檻の隅で縮こまる少女の体に触れようと一斉に手を伸ばしているところだった。リュカは渋面を浮かべながら無言で男たちの背後へ近づき、一人の男の肩を軽く叩いた。
「あ?これから良いとこなんだからよ、邪魔すんじゃねえ。それともなんだ、てめえも混ざりに来たってのか?」
振り向いた男が冗談混じりに拳を振り上げてリュカの顔の前でぴたりと止めると、それを見ていた周囲の男たちがドッと笑い声をあげた。なんて低俗でくだらない連中なのだろうか、とリュカは辟易し、彼らを見つめる眼差しに軽蔑の色が宿る。
「持ち場を離れて一体何をしているんだ?まさか人質に手を出そうだとか、そんな浅はかなことを考えていたわけではあるまいな?」
多少の煽りも兼ねて淡々と告げると、男たちはバツの悪そうな表情でそそくさと牢獄を去って行った。途端に静まり返った牢獄の中、檻の隅で小さくなっている少女と目が合う。
「あの、助けていただいてありがとうございました」
柔和な新緑色の瞳が不安そうに揺れている。その視線にリュカを恨んでいるような意図は感じられず、内心驚いた。恨み節の一つや二つでも吐かれるものだとばかり思っていたからだ。
「人質とはいえ、不必要に痛めつけるような趣味はないのでな。しかし、お前をここへ連れてきたのは俺だ。礼を言うような相手ではないぞ」
人を騙しておいて言えた義理ではないが、どうせなら罵ってくれた方がリュカの罪悪感もいくらかマシになったというのに、この少女はどこまでもお人好しらしい。だから忠告しておくのだ。今目の前にいるのは、悪魔と呼ばれるほどに血も涙もない男なのだと。
それから座り込んでいる少女に視線を合わせるように、リュカは身を屈めた。鉄格子を挟んで言葉を続ける。
「手荒な真似をしてすまなかった。俺が言うのもなんだが、お前に危害を加えるつもりはない。事が終わり次第すぐに解放すると約束する」
それからリュカは格子の隙間に片手を突っ込んで、持ってきていたパンを少女に差し出した。リュカがここへ来た目的だった。
「これを……私に?」
「そうだ。毒などは入っていないが、気になるようなら今ここで一欠片食ってみせても構わん」
「いえ、そういうつもりじゃ。疑っているのではなくて、その……食べても良いのでしょうか。貴重な食糧なのでしょう?」
この期に及んで敵の食糧事情の心配か、と突っ込みたくなるのを抑えて、パンを握ったままの手をもう一度少女に向かって突き出した。
「それはお前が気にすることではない。ここで餓死される方がよほど困る。少ないが腹の足しにしてくれ」
リュカの言葉に嘘はないが、受け入れるかどうかは少女が決めることだ。そのまま動かず待っていると、やがて少女はおずおずと近づき、リュカの手からパンを受け取って軽く頭を下げた。リュカは立ち上がると踵を返して言った。
「では俺はもう行く。時々様子を見に来るから、何か不都合なことがあればその都度言ってくれ。できる限りのことはする」
そのままリュカは立ち去ろうとした。そろそろ何らかの動きがあってもおかしくない頃合いだから、準備を整えておかなければ。
「待って!」
「なんだ。早速何か用か?」
呼び止められて振り返ると、少女は口を開いた。
「どうか油断せず。下手すれば今度こそ死んでしまいますよ」
「敵に助言とは恐れ入った。一体お前は誰の味方なんだ?」
少女は目線を逸らすことなく真っ直ぐにリュカを見つめている。真剣な表情から見るに、言葉に裏があるわけでもなさそうだ。
「敵……本当にそうでしょうか。あなたはここにいる他の人たちとは違う。何か事情があって、自分の意に反することをあえてやっている、そんな風に感じてならないのです」
思わぬところから核心をつかれたリュカは、何も言い返せず黙るしかなかった。今まで傭兵の仕事をしてきた中でそんなことを言われたのは初めてだ。リュカ本人ですら忘れかけていた本心を、少し会話した程度の少女がどうして汲み取れるというのか。そんなに感情が顔に出ていただろうかと、自分の行いを振り返ってみるも思い当たる節はなく、そっと胸を撫で下ろした。大丈夫だ、何も間違えていない。少女の発言はきっとたまたまだろう。
「……他人のことより、まずは自分の心配をしたらどうだ」
少女はまだ何か言いたそうだったが、次の言葉を待たずしてリュカは足早に牢獄を去って行った。
